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遠い国との深い友好の礎
トルコ記念館
トルコ軍艦遭難慰霊碑
和歌山県串本町

2017320日更新
1890(明治23)年にオスマン帝国からの特派使節を乗せた巡洋艦「エルトゥールル号」が、暴風雨のため沖で遭難し沈没。
死亡587名の大惨事となったが、地元島民が必死で救助。69名が一命を取り留めた。
悲しい出来事だが、両国の深い友好の礎になった。
記念館や慰霊碑を訪ね、詳細を知り、さまざまなことを学ぶことができる。





トルコ記念館
1974(昭和49)年に開館、2015(平成27)年にリニューアルされた。
エルトゥールル号遭難事故、日本とトルコの結びつき、エルトゥールル号引上調からわかったことの展示コーナーがある。
また、窓からは実際の遭難現場が見える。
入場料、大人500円 、高校生以下250円。

館内

トルコ記念館屋上展望台
屋上に出ると、目の前に広がる大平洋と断崖の海岸線。
案内板から、エルトゥールル号の遭難場所がわかる。
島の突端には、樫野崎灯台が見える。

日本赤十字「平時国際活動発祥の地」記念碑

トルコ軍艦遭難慰霊碑
エルトゥールル号遭難で亡くなった方が眠る場所。
翌、1891(明治24)年、有志の義金で墓碑と追悼碑ができた。
現在の慰霊碑は、トルコ共和国の資金により1937(昭和12)年に建立された。
ルネッサンス式角錐塔で、高さ12m。
下部は納骨堂で、当時のトルコ海軍将士が合祀されている。
節目の年にはトルコ海軍艦船が訪れ、駐日トルコ大使などを招いた慰霊祭が行われる。
いつも、住民や地元小学校の生徒達が清掃活動をしている。

トルコ使節艦エルトゥールル号追悼歌
碑の後方は大平洋。今日は穏やかな海。


トルコ共和国建国の父「アタチュルク騎馬像」

遭難したトルコ人が這い上がって、たどり着いた樫野崎灯台旧官舎
玄関前はトルコ人と大島住民が初めて顔を合わせた場所となる。
言葉が通じないので、当時の灯台守は国際信号旗でオスマン帝国の人だと知った。
樫野崎灯台は日本最古の石造灯台で、旧官舎と共に1870(明治3)年に建設されていた。


国道沿いのアーチ「トルコ友好の町 串本へ」

串本駅前のアーチとモニュメント





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