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自然と静寂 自ら環境保全
関東大震災後形成された寺町
烏山寺町
東京都世田谷区北烏山

201622日制作
高源院鴨池
京王線「千歳烏山」駅より、久我山病院循環の関東バスに乗る事約7分。
歴史あるお寺が立ち並んでいる、烏山寺町に入ってくる。
烏山寺町の歴史は、1923(大正12)年へ遡る。
関東大震災で、浅草、深川などの下町にあった寺が軒並み倒壊や焼失。
その後の区画整理などで下町地区から烏山に移転してきた寺が多く、「烏山寺町」を形成した。
烏山は、日本で最初に住民自らの手で、地域の自然環境を保全していくことを宣言。「寺町の環境協定」を制定した。
春の桜、夏の緑、秋の紅葉、冬の鴨の飛来など、都会でありながら自然と静寂さが保たれている。
高源院入口
高源院(こうげんいん)
烏山寺町の中では最も北にある禅宗のお寺。
ハスの花が咲く鴨池があり、冬には遠くシベリアから鴨が飛来。
この池は、ごく浅い地下水(宙水)が源となっている。

高源院山門

高源院鴨池


専光寺(せんこうじ)
浄土宗のお寺で、関東大震災で罹災し浅草から移ってきた。
江戸時代の浮世絵師・喜多川歌麿の墓がある。

専光寺「喜多川歌麿の墓」

専光寺の門

専光寺の門


妙祐寺(みょうゆうじ)
どことなく西洋的な本堂が特徴の寺。
1286(弘安9)年、一遍上人が時宗の寺として創建した。
一度兵火の災を受けて廃されたが、1625(寛永2)年に浄土真宗の僧、了頓が阿弥陀仏像を発見して「満歳山学恩寺」として再建。
その後、名を現在の妙祐寺と改め、浅草の地にあったが、震災や戦災で焼失して移ってきた。

妙祐寺本堂

妙祐寺の門

称往院(しょうおういん)
1596(慶長元)年、白誉称往上人によって湯島の地に開かれた。
明暦の大火で焼失し浅草へ移ったが、関東大震災で焼失し、1927(昭和2)年に現在の地へと移ってきた。
浅草にあった頃、道光庵庵主の作る手打ちそばが評判で、「そばきり寺」の別名があった。
しかし「修行の妨げになる」という事で1786(天明6)年、「そば禁制の碑」が住職によって建立された。
そば屋の屋号に「○○庵」が多いのは、この「そばきり寺」が由来。

称往院の「蕎麦禁制の碑」

称往院の門





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