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お湯と歴史 湧き上がる間歇泉
大湯間歇泉
静岡県熱海市

201725日更新
熱海駅から徒歩約15分。銀座方向に坂を下ると、ニューフジヤホテルアネックス館と湯前神社の間にある。
人工の間欠泉で、4分ごとに3分間湯の噴出を見せてくれる。
昔は自然の大間欠泉
かつては自然で約1時間おきに激しい勢いで噴出、
世界三大間歇泉(他は、北米「イエローストーン公園内オールドファイスフル」、アイスランド「グレート・カイザー」)に数えられる程だった。
当時は「長湧」現象もあり、26日間周期で12〜16時間もの長い時間噴出し続けた。
翌日は全く停止、2、3日不規則な噴出があった上で、元の状態に戻っていた。
噴出回数は少しずつ減少、大正初期に1日2回、1917(大正6)年には1日1回となってしまった。
1923(大正12)年の関東大震災で噴出が不規則に、翌年にはすっかり止まってしまった。
人工的な噴出に成功
その後何度か復活工事が行われ、ついに1962(昭和37)年噴出に成功。
当時の勢いをしのばせてくれるようになった。
故事にのっとった献湯祭
徳川家康公は、慶長年間に湯治で熱海に7日間滞在。
それから毎年定期的に大湯で汲んだ湯を江戸城に献上していた。
1681(延宝9、天和元)年の「豆州熱海絵図」では、
ここから下る坂沿いに湯戸(湯治宿)が27戸あり、大湯から木管で湯を送っていた。
現在、湯前神社と共に2月10日と10月10日に「献湯祭」が行われている。



オールコックの碑とトピーの墓
日英の懸け橋となったオールコック公使
駐日初代英国公使であるサー・ラザファード・オールコックは1859(安政6)年、イギリス総領事として来日。
翌年、外国人として初めて富士登山。その帰り、熱海で2週間滞在。
その際「自分が熱海を訪れた最初の外国人である」、という石碑を大湯間歇泉脇に建てた。
しかし、本国から連れてきた愛犬・トピーが、大湯の熱湯に触れて火傷を負い、亡くなってしまった。
その際、熱海の人は人間の死を悼むのと変わらない葬儀を行い、その霊を弔った。
オールコックは江戸に戻った後、「かわいそうなトピー」と刻まれた石を熱海に送り墓石とした。
当時、生麦事件などで日本と英国はあまり良い関係ではなかったが、
オールコックは、トピーの霊を丁重に悼んでくれた熱海の人の優しさから
「日本人を敵視すべきではない。誠に親切な国民だ。」と日英の懸け橋となってくれた。



再現された日本初の電話ボックス
市外通話発祥の地
大湯間歇泉のすぐ横に趣ある電話ボックスがある。
携帯電話の普及で少なくなった市外電話(公衆電話)だが、その第1号は1889(明治22)年。
この間歇泉のそばにあった内務省キュウ気館と東京木挽町の東京電信局との間に設けられた。
主に熱海で静養する外国の高官などが利用したという。
現在、間歇泉脇に当時の電話ボックスが再現され、カード式公衆電話が設置されている。

市外電話発祥の碑

<アクセス>
JR熱海駅より、坂道を銀座方向に下り徒歩約15分。
和菓子の「常盤木」の角を右折、ニューフジヤホテル前を通って左手にある。
遊〜遊バスの利用も便利。



日航亭大湯
大湯間歇泉から約70m、わずかに上るとある。
徳川家康も愛した温泉で、現在は日帰り湯。
由緒ある湯ながら、手軽で気軽にのんびり過ごすことができる。




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