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記録に残る日本最古の橋跡
つるのはし跡公園
大阪府大阪市生野区

2016127日制作
記録に残る日本最古の橋「猪甘津の橋」の古跡。
日本書紀に「冬11月、猪甘の津に橋わたす。すなわちその処を号けて小橋という」とある。
これが、我が国での架橋に関する最古の記述だ。
仁徳天皇の頃(5世紀)は、大阪の多くは海や湖。
百済川(現在の平野川)が注いでいた河口付近は港として賑わい、官道が通じていた。
そこで、さらに大和の都とつなぐため、この橋が架けられたという。
交通の要で、重要な橋だった。






江戸時代の古記録では、当時は木橋で、長さは20間(36.4m)、幅は7尺5寸(2.3m)という大きなもの。
この頃から「つるのはし」と呼ばれるようになった。
名の由来は、この付近に鶴が多く飛んできたことから。また、津の橋から訛ったという説もある。
もちろん、現在の鶴橋の名にもつながっている。
1874(明治7)年には、旧平野川を深く掘り石橋に架け替えられた。
1923(大正12)年に新平野川へ流れを変更、1940(昭和15)年には旧川筋は埋め立てられ「つるのはし」廃橋となった。

1952(昭和27)年には、つるのはし跡公園が整備され顕彰碑が建った。
まわりを親柱4本が囲んでおり、碑の前には小さな橋のオブジェがある。
公園は旧平野川の流路の上にあたり、実際の橋の位置は公園前の道路上。
JR環状線「桃谷駅」から約750m、徒歩約12分。

地元の方(公園愛護会)の清掃活動


現地の看板

平安時代の歌人・小野小町の歌碑


公園の近くにある道標
公園から東へ約70m、猪飼野保存会の建物前に道標が残されている。
1866(慶応2)年に建てられたもので、当時の主要な分岐だったことがわかる。
「右 八尾 久宝寺 信貴山」「左 大阪」の文字が刻まれている。





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