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慈悲の心貫く手彫りトンネル
青の洞門
大分県中津市本耶馬渓町

2017618日制作
山国川に隣接して断崖が続く競秀峰の裾。
命を落とすこともある危険な道を見た禅海和尚が、自力で掘り始めたトンネルが青の洞門。
資金を集めて石工達と共にノミと鎚だけで掘り続けた。
完成したのは1764(明和元)年で、工事にかかった年月は何と30年余。
全長約342m、うちトンネル部分は約144m。
青の洞門の名は、大字 青という地名に由来する。







1919(大正8)年に禅海和尚の逸話を元にして書かれた菊池寛恩讐の彼方に」が発表されて有名になった。
また、教科書にも掲載されて、広く知られるようになった。
1750(寛延3)年の第1期工事落成記念大供養以降に通行料を徴収、日本初の有料道路とされている。

1906(明治39)年から翌年に、車両が通れるよう拡張された。
現在は車が片側交互通行できる。
原型は失われたが、横には当時の手掘りトンネルが一部残っている。
当時の部分を通行でき、明かり採り窓やノミ跡などを見ることができる。


最初にあけたあかり窓

明かり窓から見る山国川など




険しい競秀峰と山国川


禅海和尚が使用したノミや槌は、羅漢寺の禅海堂で展示されている。


現地の看板





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